2005年09月

2005年09月30日

クレーム処理の話になると、100%言われる言葉があります。
むやみに謝罪をするな。と。

責任の範囲を明確にし、非のある部分についてはそれを認め、それ以外の非のない部分については、しっかりと説明し理解してもらう。つまり、悪くない部分については誤る必要もない。というのが主旨となっています。

僕は、その意見におおむね賛成です。しかし、僕は謝るのは大切なことだと思っています。相手がそれだけで落ち着くこともありますし、こちらとしても、会話を切り出すきっかけの言葉となるので、とても便利なのです。

なによりも、相手が落ち着くというのはとても大きく、説明を受け入れる体制を作ることは大切です。

だからといって、確かに謝罪をすると「じゃあ責任取れ」となり、火に油を注ぐことにもなりかねません。でも謝ったほうが解決が早い場合が多いのもまた事実です。僕はこの問題についてずっと考えていました。特に昔のバイトのコールセンターではクレームも多く、困ることが多かったのです。もちろん、会社からもむやみに謝罪しないように、という通達はありましたし。

そこで僕は考えました。どうすれば謝罪のような印象を与えつつ、厳密な意味での謝罪ではない言葉を。

そして考えついたのが「ご迷惑をおかけしています。」という言葉なのです。この言葉に幾度となく助けられました。

例えば唐突に「申し訳ございません」というのは、すべての非を認めるという、誤った認識を相手に植え付けることになると考えられます。それこそ相手は責任取れといいたくもなるでしょう。
また、そのように誤解されても、こちらとしての言い訳もなかなか出てきません。それこそ泥沼になりかねません。

一方で、ご迷惑をおかけしています。という言葉は、一言も誤っていません。しかし、言い方によっては「迷惑をかけて(申し訳ございません)」という印象をもたせることができます。また、相手が怒っているわけですから、そういう意味で迷惑をかけているのも事実です。

しかも、その会話を聞いていた人が、僕に対して「謝ったらダメじゃん」ということになっても、迷惑をかけた旨を伝えただけで、特に謝ってないという理由も立つのです。

謝るな。という話はよく聞きますが、積極的に謝ろうという対処方法は聞きません。僕は謝ることがもっとも早い解決を生むと考えています。



2005年09月29日

今日はちょっとだけ作業をしてきました。
新PCへのデータの移行を行い、ルーターの設置。

ルータはパスワードは、接続用のパスワードが分からずとても苦労したのですが、結局サイボウズ内に保存されていました。>> 助かりました。

そんでもってルータを入れ替え。

とりあえず、以下を確認
LAN → WAN の Web 閲覧
WAN → Webサーバへの接続(携帯よりアクセスし確認)

ルータで設定できるファイアーウォールについては、内 → 外については、あまり厳しくしていないので、とりあえず Web アクセスが可能であれば問題ないということにしてあります。
外 → 内 については、Web ポーだけ空いていればいいので、上記で問題ないかと。

また、今回の変更で DHCP サーバも変更になりました。ひょっとしたらサーバ類の IP 変わるかもしれないんで、それが心配。
名前でアクセスするような設定してますし、基本的にはサーバ類では DHCP 使ってないので平気かと。

今後の様子見です。

2005年09月28日

前回からの続きです。

育てることを意識する中で取ってはいけない、僕が行ってはならないこととして考えているのが以下のことです。

・叱る
・一度しか言わない(もしくは前にも言った)というフレーズを使う、そういった態度を取る
・ほっとく
・教えたり、教えなかったりムラがある
・機嫌の起伏がある。

叱ることは1つの利益さえ無いと思っています。悪意を持って行った結果として何かが起きたのであれば、それは十分に叱る必要があります。というよりも、怒りを表現する必要があります。

しかし、相手が頑張った結果として失敗しても、成功しても、内容が違っても叱る必要はありません。叱ることと同じ内容を誉めるように伝えることが大切だと思います。
相手も普通であれば、叱られるような状況であれば反省しているでしょうから、それを叱ることによって追い討ちを掛ける必要はありません。そのために、叱るというのは必要ないし、してはいけないことだと思います。

放っておくのも良くないことです。勝手に作業をした場合に責任はもてません。放っておくことに過失があるのに、腹が立つのは「勝ってに何かをした」ことに対してです。こうした理不尽は説明ができないですし、無気力な人が育つだけです。

教え方にムラがあるのも問題です。常に熱意を持って指導するべきです。もちろん、忙しいときもあるので、絶対は難しいと思います。しかし、心がけは重要なことです。

機嫌の起伏については言うまでもありません。忙しいときであっても、なるべく愛想よくする必要があります。またそういったことの積み重ねは、他の部分で絶対に役に立つと思います。


また、聞かれるときの姿勢もとても大切です。

今まで100%そうだったのですが、みんなが「一度言ったことは二度と言わない」「聞かれない限り教えない」というのです。
僕は、ひどいエゴだと思っています。聞かれない限り〜というのは、気持ちは良く分かります。確かに関係が無い人であれば、積極的にこちらが行動を取る理由はありません。しかし、一緒に仕事をするような関係であれば、聞かれない限り、、というのは強いエゴです。聞かれないのは、相手の理由ではなく、聞いてもらえない自分の姿勢に問題があると考えるべきです。

一度言ったことは〜というのも問題です。前にも書きましたが、そうやって聞く回数を制限することによって教える側にメリットはありません。むしろ覚えるまでに時間がかかって、余計な時間を過ごすことになってしまいます。5回聞いてきたら10回教えるほどの覚悟が必要だと思います。

そもそも、できる人とできない人、育つ人と育たない人の区別ができていないように思います。できない人(だけど性格が面白い人)に懇切丁寧に教えて、結果について絶望し、できる人(だけど性格的な魅力が無い人)に対して冷たくあたるのです。

同じように、育たない人(だけど性格が面白い人)に対して懇切丁寧であり、育つ人(だけど性格的な魅力が無い人)に対して、冷たくあたる。それでは意味がありません。

育つ人は嫌いでもしっかりと対応していれば、それこそ勝手に育ちます。ならばそこそこの距離感で付き合ってればいいのに、教えるという立場になると、性格的に頑張ってしまうので、軋轢を生むことになります。

育てるのはとても難しいことだと思います。これから経験をよりいっそう積み重ねていきたいと思います。


2005年09月27日

ついに書くことになりました。

以前からずっと書こうと思っていたのですが、パワーが必要なこともあって、少し避けていました。今回書くことにした理由としては、僕の考えとして、人を育てることにどのように考え、取り組んでいくのか、について、他の人に伝えることが増えてきました。一貫した主張を今後も続けることは難しいと思いますし、こういったことは適宜意見が変わっていくものです。

そうしたことをふまえ、まず1回目の意見・考えをまとめておくことが大切だと思ったのです。これから起業していく中で、育成は当然のことながら重要ですし。

そもそもとして、人を育てるのは重要です。自分自身が一番頼りになるでしょうし、ある程度一緒に仕事をしてきた仲間の方が簡単に信じやすいものです。しかし、何もできない状態から何かをできるようにして、また意見を言えるようなレベルに引き上げるのもとても大切なことです。経済的にもそうですし、それ以外にもメリットはたくさんあります。

さて、僕が育てる中で重視することはとても簡単です。
・モチベーションを上げる
・誉める
・口出ししない
・やらせてみる

といったことです。
モチベーションを上げるための手法としては、それぞれが持っているのだと思いますが、僕の場合はとにかく誉めることです。ある結論が絶対に出るほどまでに説明をして、「じゃあどうなる?」という質問をすれば答えを言います。もしくは僕が期待する回答を言います。そうして「すごい」と誉めることによって、モチベーションを上げるのです。

100の結果を期待する場合には極端には99まで教えます。そして100の成果物が出てくればとてもすばらしいことだと思います。慣れてきたり、スキルがあがってきた場合には、80を教えて100になればいいのです。徐々に比率を下げて独り立ちさせることも育てる上では重要です。

誉めることも大切です。ただし、僕を含めて今までの経験から、怒られ方は知っています。そしてその対として、怒り方も知っていますし、本能のままで怒ることができるのです。しかし、誉めることというのは、経験が無く、また誉めるというのは恥ずかしかったりしますし、積極的に誉めることはできないのです。そして難しいのです。
怒ることは我慢して、誉めるときは些細なことでも誉める。表現としては簡単ですが、実際に行動をするとなれば、非常に難しいのです。だからこ頑張りたいと思います。

口出しをしないことも重要です。やはり他人の監視の中で作業をするのは精神的なストレスを与えることになります。そのため、一通り考えている中で作業をしてもらい、検証をすることが大切だと思います。もちろん、そのときに「このやり方は間違っている」という検証の方法は絶対にしてはいけません。

上記に似ていますが、やらせてみることも大切です。なんでも、知っている自分自身が作業をしてしまえば早いですし、確実です。それをあえて知らない人に頼むことに意味があります。もちろん、少しずつ修正することが必要ですが、やってもらうことはとても大切なことです。

つづく。

2005年09月26日

僕は声が大きいです。SE という職業として、一般的にはというより、ほとんどの場合は、声が小さい人が多いです。SE は声が小さくなる必然性を持っています。

・職場が静か
・声が大きいと他人に迷惑を掛ける
・数人で打ち合わせることが多く、大きな声を出す必要がない
・秘密の内容が多いので、小さい声を求められる
・アピールする必要がない

職場は静かです。集中してパソコンを操作するので私語も比較的少ないですし、他人と会話をするときも、静かな声で会話をすることが多くあります。

打ち合わせも通常あまり大人数で行うことは少なく、また人数が多い打ち合わせのようなときには、技術系の人が発言をする機会も少ないです。技術系の人が発言をするときは、数人や、運用などの関係者に向かっての場合が多く、あまり大きな声を必要としません。もともと、そういった場合は、聞く方も集中していますしね。

会話の内容は秘密なことも多くあります。取引先や、構築内容について、あたりまえですが、通常は極秘扱いとなります。そのため、漏洩を防ぐためにも、小声となるのです。

さらに、自分をアピールする人も少ないので、声が大きい必要もありません。声が大きいと目立ちますし、その場合には損になることも多くあります。特に技術系の人の場合は。

上記のような理由によって技術系の人は比較的小声の人が多いのです。

さて、そういった中で、僕は一般の平均値よりも大きな声を出しています。
昔から、バイトの関係などで声が大きいのです。そしてその大きさは、平均値を超えているため、声が大きいということで注意されることさえあります。確かに声が大きいといって注意されるほどなのは、名誉なことではありません。
しかも、想像してもられば簡単なのですが、声が大きいといって注意されるのは、結構恥ずかしいことだと僕は思います。

昔はそれがコンプレックスとまでは行かなくても、小さい声の方がいいだろう。そのように思っていました。静かだし、落ち着いた雰囲気も与えますし、なにより他人に注意されることがありません。基本的に小声の場合は、"もっと大きな声で" といったお願い姿勢ですし。

しかし、少し前から僕はこの声が大きいことは自信のあることの一つだと思っています。それは例えば誰もが声が小さくなってしまうような場面でも、比較的大きな声が出ることや、他人にとって聞きやすいことからです。

叱られているときや、注意されているときなど、ほとんどの場合、声は小さくなります。仕方のないことですが、これにはメリットがありません。注意する方もイライラしているわけですし、返答するときの声が小さくて、聞こえないようなことがあれば、それは火に油を注ぐようなものです。

電話でも声が大きいと良く聞こえて便利です。

唯一、静かな場所での会話ができないこと、僕の隣で電話をしている場合は、僕の声が相手に聞こえてしまうこと、学生時代のように寝る前に布団でヒソヒソ話ができないことなどがデメリットとしてありますが、それを差し引いても、聞こえやすい大きな声、元気に聞こえる大きな声はとてもすばらしいことだと思います。

2005年09月25日

僕は野菜ジュースが嫌いです。野菜が好きなので、せっかくの野菜という素材のままで十分おいしいのに、なぜジュースにするのかよくわかりません。

もちろん、野菜ジュースは、栄養や様々な利点があるだろうことは理解できます。しかし、おいしい野菜ジュースはやっぱり存在しないように思うのです。

野菜ジュースは、ビジネス的にも必要なアイテムなのだと思います。つまり、見た目がきれいであることを重視する消費者が多く、見た目があまりきれいでない野菜は売ることができないでしょう。そうした野菜を( 裏をとってないので想像ですが ) ジュースにすることによって、無駄を減らすことができます。

それは果物にも言えることなので、より効率的という意味でも僕は賛成できます。

しかし、味の部分ではやはり無理があるように思うのです。そのまま食べた時の野菜は、甘いといっても、砂糖や果物の甘さには到底かなわないですし、おいしいといっても、それは食事として考えたときにおいしいのであって、食べ方はとても重要です。

にもかかわらず、すりつぶしてエキスのみを液体で頂こうとするのは、かなり無理があります。

栄養的には、メリットも多いと思いますし、味ではなく効用でそれを飲むのであれば、とても健康にいいことだと思います。

野菜ジュースが不思議なのは、なぜか勧められるということです。僕はトマトジュースももちろんですし、野菜ジュースは今までに2度ぐらいしか飲んだことがありません。

一度は、興味本位から少しだけ友人にもらいました。そして「飲める」というのが率直な感想で、それを好んで飲むようなことはできませんでした。このときは、自分から興味があって飲んだからまあOKです。

そして先日、お客様から勧められました。
「そうだ syo さん。おいしい野菜ジュースがあるんですよ。今まで飲んだどんなやつよりものみやすいんですよ」と。

僕は「はぁ、そうですか。野菜ジュースはあんまり飲まないんですよねー」とやんわり言ってみました。

相手は「そうですか。これはとっても飲みやすいからぜひどうぞ」そういわれてオレンジ色の不気味な飲み物が目の前に運ばれてきました。
恐る恐る口をつけて飲んでみると、やっぱり野菜ジュースでした。飲めないことはありませんが、別段おいしくありません。むしろ残したいぐらいです。

やっぱり野菜は直接食べるのが一番ですね。

そして、こういった記事を書くと "ぜひこれを試して" 的なお誘いがあるのですが、大変恐れ入りますが、謹んで自体させていただきます。お心遣いありがとうございます。

トマトジュースや野菜ジュース。きらいです。

stock_value at 17:06|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)食べ物 

2005年09月24日

先日、うどんを打ちました。

何故?。と思うのですが、ソバ打ちセットがあり、うどん打ちをするので、遊びに来ないか。というお誘いを受けたのです。

僕は、こういったイベントごとではとても注意しないといけないこと考えていることがあります。
それは、手作りの○○は、決しておいしくない覚悟が必要。ということです。あたりまえなのですが、やっぱり工場や、お店というのはさすがです。あれだけの味をあれだけの価格で提供することはとても難しいことだと思います。

そしてうどんは特に難しいでしょう。そのため、成功したときであっても、お店で売っている商品の7割ぐらいの味が出れば満足だと考えるようにしています。もちろん、失敗したときは食べるのも苦痛であるぐらいのことを想像していました。さらに、期待値は10を最大の満足とすれば、4ぐらいが妥当なのではないかと。

今回のうどんもそのように考えていました。そして最初はどれぐらい打つのか分からなかったので、1つだけしか打たなければ、それが失敗したときには目も当てられないな。そう考えていたのです。

ところが、リスクヘッジというよりはご近所さんへの・・ということもあり、結構な量を打ちました。僕はお土産で生うどんもらっちゃいましたし。
しかも、大成功といってもいいのではないかと思うほど、おいしく作ることができました。ソバやうどんといった麺類はとても難しいだろうに、今回のようにおいしくできたわけですし、大満足です。

うどんを打つというのは、初めてでしたしとても貴重な体験をすることができました。お世話になりました。そしてありがとうございました。>> みなさん。