2007年12月23日

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新人だった頃、ほとんどすべての行動に対して、評価されていたように思います。それは「自分が行ったこと」のみではなく、何をどのようにして行うのか、発言や考え方それらすべてが評価の対象でした。

もちろん評価する側の考えとしても、少しでもミスを減らすことだったり、考え方も含めて指導しなければならないので、それは当然の事だと思います。

そしてそのような状態はとても苦痛でした。やり方を教えられるならともかく、考え方や発想の方法についての指導は何とも言えないものです。

年齢とともに経験を積むようになると、結果についての評価が多くなってきました。そしてその課程については、あまり問われなくなりました。もちろん結果さえ出せば、その方法については問われないというのは合理的な事だと思います。
一方でそれは説明責任に対する逃げの行為にも思います。

何かをする上で、その理由は明確な方が、色々とメリットが多くあります。成功しても失敗しても振り返ることが可能ですし、失敗しそう、成功しそうという雰囲気を感じることができます。
その明確な考えを持つと言うことは、ある程度説明ができるとも言い換えられると思います。

結果さえだせば、、、という考えでも結局は考えてなければ結果は出せないでしょうし、結果が出なかった説明をする必要があります。

イレギュラーな方法で結果を求めた場合などは、確かに説明がし難いことも多いのですが、常に堂々と説明をできるように心がけたいと思います。


stock_value at 14:54│Comments(0)TrackBack(0)考え:04〜07年 

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