2005年01月09日
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本日は僕の友人の「『日記』:同窓会」にトラックバックをさせていただいております。

blog を読むと、同窓会が行われたということですが、そのなかで、

> 私のクラスは、とても団結力があったので、

> 高校の時に見られた芽をそのままのばしている人が何人も見られて、びっくりしました。

という2つの記述があります。

これを読んだときに、僕はどうなのだろうか。
そう考えました。

結論を言ってしまうのであれば、僕は恵まれた同級生というのはあまりいません。
どちらかといえば、アンダーグラウンドな友人が多かったように思います。

団結力で言うのであれば、確かに団結力はありました。それは間違いの無いことだと思います。
さすがに、同窓会を行うような行動力のある人というのは、僕の周りにはいなかったので、
そういった催しはほとんどありません。

しかし、クラス対抗○○といった競技においては、僕たちのクラスはほぼ最弱なメンバーが
集まっているのにもかかわらず、かなり上位に食い込んでいたのです。
( ただし、リレーのような個人力を問われると難しかったですが )

卒業式で、練習とは全く違うことをして、いい意味で大きな感動を与えたりと、そうしたお互いの
信頼や、団結力は非常に強かったのです。
(今までのキャリアの中で一度も泣かなかった先生が泣いたぐらいですし)

しかし、今そうした友人と会った場合どうなのか。
例えば、小学生のころ僕と仲の良かった友達は、大半が高校中退なのです。非常に不思議。
そして、どちらかと言えば「現場労働者」となって、働いているのです。
もしくは、水商売など。ちゃんと書いておかないと誤解されるので書いておきますが、
肉体労働や水商売を問題視は全然していません。

僕が言いたいことは、それは夢が破れた結果か、楽な道を選んだ結果として
そうした労働を僕の友達たちはしているのです。

会社の友人の話を聞くと、やっぱり大きな会社で働いている人が非常に多いのです。
そして僕の友達は、ほぼ全員地元で働いています。そういうのは、やっぱり環境が違うんだなぁと思うのです。
とはいっても、僕がある意味で異端なのかもしれません。
親も兄弟もやっぱり地元で就職していますから。
そういう所でならば、きっと「俺の友達もみんな地元で働いてるよ」となったでしょう。

それは会社に働いてから知り合った友人を見ていると、とても恵まれていることを感じます。
なにが良いのかは分かりませんし、僕も僕の過去に悲観はしていませんが、
やっぱりそうした、汚い世界よりも、暖かい恵まれた環境に強くあこがれるのです。


stock_value at 19:52│Comments(2)TrackBack(0)仕事。 

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この記事へのコメント

1. Posted by C   2005年01月12日 23:25
トラックバック、どうもありがとう。
反応があるっていうのはやっぱり嬉しいものだね。

さて、少し補足をさせてもらうと、
私は中学から私立の女子校に通っていたので、
公立の学校とはまた少し話が別なのかと。

地元の友達の話はあまり聞かないけど、
まともに就職している人は、やっぱり少ないんじゃないかなぁ。

個人的な意見として、
汚い世界に属している人は「頭が悪い」「育ちが悪い」等の余分なコンプレックスを持っていて、やりにくい。
そして、おそらくそのコンプレックスから来るのだろうけれど、やたら縄張り意識が強くて、自分の属する世界以外の者に対して排他的な人が多い気がする。

大切なのは、自信と余裕。
それさえあれば、人類皆兄弟。
と、世間知らずのお嬢ちゃんは考えます。

・・・短絡的だったらごめんなさい。
2. Posted by しょう   2005年01月12日 23:49
ども。
非常に難しいところではありますが、
育ちが悪いと縄張り意識は強くなるんだと思います。
これは仕方のないことでしょうね。既得権とか先住権を主張するのは。

とはいえ、僕の書いている文章は、特に深い意味はないのであしからず。

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