2005年06月26日
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僕はカツラに対しては、フラットです。
カツラをつけるのはかっこ悪いとも、カッコイイとも思いません。それはメガネとコンタクトと同じように、個人の好みや似合う度合いによるものだと思います。そして僕はメガネとコンタクトを併用するのもまたベストだと考えていますし、カツラについては、つけないというのが、僕の考えです。

カツラというのは、非常に微妙なものです。あるレベルのクオリティ以下のカツラになると、すぐにバレてしまうのです。そしてカツラは洋服やアクセサリーと違い、つけていることをアピールするものではなく、こっそりと身につけるものです。

僕は、決してカツラに敏感な方ではありません。見抜くこともあまりできませんし、街中で気づくことも非常に少ないです。
しかし、そんな僕でもすぐに分かってしまう時もあります。こういうときに、僕はとても気を使うのです。もちろん、髪の話題に・・・とか、風が・・・といったありきたりのことは、特に気にしません。

一番気にするのは、相手の意図なのです。バレバレということは、ある意味オープンにしているとも考えられます。カツラをアクセサリーの一部として考え、身につけていることをアピールすることによってカツラの存在意味がある。そのように考えているのかもしれません。この場合は、バレバレであっても、特に大きな問題はありません。

一方で、バレバレなのに、本人には自覚が無い場合。これが問題なのです。鏡の前に立てば、どのように装着されているのか見ることができます。もちろん、途中で気づかれるようなハプニングが起きた場合は別です。しかし、すぐに分かる場合は、鏡で自分を見たときに、自分ですでに気づくのではないでしょうか。

そして、ばれているにも関わらず、周りに "気づいていない" という態度を期待するのは、どうも僕にはできません。もちろん、あえて指摘するまでもありませんが、目はどうしてもそこを注目してしまいます。

さらに、僕自身に問題がある場合があります。それは僕がカツラを疑った場合に、本当にそうか。ということです。カツラではないのに、カツラの疑念を持った場合に、僕はそれを確かめる手段がありません。そのときに取る行動は、結局カツラのことには触れないとなるのです。僕は、前述したようにカツラを見分ける自信がないので、カツラかなぁ。と疑ったところで信頼性はとても低いものです。この場合は、相手にとってとても失礼になってしまいます。

結局、カツラというのはとても奥が深いものなのです。


stock_value at 11:57│Comments(0)TrackBack(0)考え:04〜07年 

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