2004年11月23日
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結構個人的なメモです。

僕は、あまり絵画とか音楽とかをたしなみません。
そもそも「理解」できないからです。

理解できないというのは、音楽や絵からなにかを受けたり、
精神的に高揚したり、落ち込んだり、そういった作用がないことを
指します。

作り手の気持ちを汲むことができないのです。

そういう意味で「表現」に関するほぼ全てのことに対して
理解できなくなってしまう僕はとても悲しくさびしく思いますが、
それもまた仕方ないです。

絵、音楽、演劇、花、
そうした美術的要素の強いものは、感覚で受け止めるものであり、
考えて受け止めるものではないのでしょう。

さて、そんななかで最初の感動が強く、今でも忘れられない絵があります。
それが上田薫さんの絵なのです。

もちろん、今まで常識的なレベルで芸術作品に触れてきましたし、
日本の浮世絵や水墨画や、海外の作品も少しは見てきました。そして価格が高いといわれている
作品も見ました。( 僕の自宅の近所にはバブル期に立てられた美術館があるので、
所蔵されている作品は高額なものがとても多いのです )

そんな中で、上田薫の絵は僕の中では大きな感動をもたらしました。
作風はスーパーリアリズムといわれるもので、写真と同じような内容を絵画で表すといったものです。
本当よりもリアルで、近くで見たにもかかわらず写真なのか絵なのか区別がつかなかったほどです。

この絵は抽象的な絵画や、なにかのイメージを思い起こさせるような感じではなく、
「リアル」を極限まで追求したことが非常に分かりやすいのです。

分かりやすい( 受け手にとって理解しやすい )というのは、本質を伝えないことが多々あります。
それをふまえた上でも、とてもすばらしいと思うのです。

また、絵画でリアリティの追求というのはどうしても写真があるので難しい分野でもあります。
結局、絵でリアルを求めるなら、「写真でいいじゃん。」と。

絵という本物で、写真という現実に近づく技術は、とてもすばらしいことだと思うのです。


stock_value at 16:04│Comments(0)TrackBack(0)考え:04〜07年 

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